ご近所のネコ事情で2つ大きなできごとがありました。
ひとつは、明け方ににゃんこにご飯をもってきてたおねえさんが、ご飯を配る場所を変えたこと。理由はいわずもがなかもしれません。夜が明けるのが早いと、早い時間に散歩にでかける人も多いみたいで、会わなくてもいいネコ嫌いの人に出会ったみたいです。
もうひとつは。マルコちゃんが、交通事故でなくなりました。10日ぐらい前に、おうちの人が私の住んでるアパートの玄関先にポツンと腰を下ろしてるので、話しかけたら、マルコちゃんが1週間ほど帰ってないということでした。
マルコちゃんのおうちは、小さな路地のつきあたりにあり、路地の両脇には小さなアパートや数件の一戸建てのおうちが並んでいて、住んでる人はけっこう頻繁にかわってます。その小さな路地にキューっと入ってくる車ができたそうで、その車に何度か轢かれそうになったことがあり、とうとう轢かれたのじゃないか、と、お家の人はいってました。轢かれた姿がないから、どっかに、放り捨ててあるのじゃないかと探している、とお家の人は言葉を続けました。
おうちの人の口調がとても確信に満たものだったので不思議でした。見てもないのにどうしてそんなことがわかるんだろう、悲しくて悲しくて最悪の事態しか考えられないのだろうか、と、わたしは思ったのです。1週間ぐらいいなくなって帰ってきた近所のにゃんこもいます。
でも、おうちの人の最悪の想像は、あたってました。
ここからは、夜明けにネコにご飯をもってやってくるおねいさんに聞いた話です。おうちの人はとうとうマルコちゃんを見つけました。おうちの人が腰をおろしていた玄関先のすぐそばの植え込みに、マルコちゃんは放りこまれてたのだそうです。おうちの人がみつけたときは、顔が半分、なくなっていたそうです。
マルコちゃんを跳ねた人間は、お医者さんにつれていけば助かるかも、とは、思わなかったのでしょうか。ネコが、おうちの人にとって、大切な存在だと思わなかったのでしょうか。
いまどきですからね。大事なネコなら外歩きさせるな、という主張もわかります。でも、お孫さんか、もしかするとひ孫がいそうな年代の方が、アパートの玄関先にポツンと座って、うちのネコ見ませんでした? と、おっしゃった顔が忘れられません。
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